頑張っている人が報われる世の中に by いけっち の日記

いけっちです。夢は「頑張っている人が報われる世の中にすること」ウェブ集客などの仕事をしたいです。

ナスDとアワフン族に学ぶ新元号「令和」を迎える気持ちと考え方

こんにちわ!

いけっちです!

 

みなさん!

ナスDはご存知ですか?

いちテレビディレクターなのですが、よゐこの無人島0円生活などで下見を担当しており、そのサバイバル能力と破天荒さが話題になった人物です。

f:id:yacchi10034:20190428005312p:plain

ナスDとアワフン族に学ぶ新元号「令和」を迎える気持ちと考え方

で、この人が南米アマゾンの先住民のところへ取材に行った際に、とても良いお話があったので紹介しますね。

ずばり

 

「ぼくの1月1日は、ただの1日として始まったのだ」

 

です。

f:id:yacchi10034:20190428005429p:plain

ナスDとアワフン族に学ぶ新元号「令和」を迎える気持ちと考え方

 

 

南米アマゾンの先住民・アワフン族に「新年」という概念はない

 
ナスDは南米のアマゾンの先住民に取材を行いました。
 
アワフン族という先住民なのですが、現地の生活はまさに狩猟・原始的。
獲物を採り、川で洗い、焼くか煮るかで食べる。
 
サルやトリ、イタチを食べます。
子どもたちの遊び道具は「手作りのヤリ」で、マトに向かって投げます。
まさに原始的ですね。
 
そんなアワフン族の取材中に、ナスDたちは新年を迎えました。
1月1日です。
 
世界ではハッピーニューイヤーの空気に包まれますが、この先住民村ではいったいどうだったのでしょうか?
 
・・・答えは「ただの1日」でした。
 
彼らに「新年」という概念は無かったのです。

令和元年「5月1日」も「ただの1日」に過ぎないのではないか

ぼくら日本人は、2019年5月1日に新元号を迎えます。

「令和元年」

「令和最初の日」

「平成最後」

とも言います。

 

しかし、ただの1日でしかないことも事実なのです。

 

ぼくはこの考え方に賛同する部分があります。

お祭り気分はわかるし、なんだか「新年を迎えた」ような気持ちにもなります。

「あけましておめでとう」と言いそうになります。

 

しかし、「なんか踊らされてねえか?」とも思うのです。

 

令和最初の日、5月1日はただの1日に過ぎないと思う部分もあるのです。

 

冷めてるでしょうか?

冷めてるかもしれません。

決意はいつだってできる、令和最初の日にしかできないものではない

ニュースをみていると

「平成最後の日」

「新元号を迎えるに当たって」

「新しい挑戦や抱負を」

という話をよく聞きます。

 

「なんやそれ」

 

と思ってしまいます。

別に決意はいつでもできるじゃないですか。

 

「新しい元号ではこういうことをしよう」

 

ではなくて、

日常の中で、

 

「よし、今からコレを頑張ろう」

 

とすればいいじゃないですか。

 

正直、令和に頼って行う決意なんて、みんな続かないでしょう。

すでに「いま」「この瞬間に」やってないのだから。

 

アワフン族の人たちは

「いま」

「きょう」

を生きていました。

 

「きょう獲った獲物はきょう食べる」

「たくさん獲れたら他の人にあげる」

「明日は明日獲る」

 

と話していました。

 

原始生活で長期的な視野がない、

獲れなかったら死ぬじゃん、

とも思っちゃいましたが、

 

「きょう獲った獲物はきょう食べる」という考え方も必要だと思うんです。

 

今日やると思ったら、今日やる。

いまやる。

すぐやる。

なぜすぐやらないの。

すぐやれよ。

 

新元号を迎えるという機運の中、そう思ってしまいました。

別に「令和最初の日」にしかできないことばかりじゃないと思います。

特に「決意」とかは。

ただの1日、令和最初も新年もきょうもあしたも「ただの1日」

令和最初も、

新年も、

きょうも、

あしたも、

 

ただの1日です。

毎日、ただの1日だと思います。

 

でも何かを変えようと努力するなら。

何かを成し遂げたいと思うのなら、

 

ただの1日を充実させなければならないと思います。

 

ぼくはそういう気持ちで生きています。

 

ストレスを排除したい。

未来にはこんな野望がある。

それを叶えるために、きょうはコレをしよう。

いまはコレができるようになりたい。

 

ただの1日をどう使うかで人生は変わってくると思っています。

 

みんなも

「令和」や「新元号」

に頼らず、

 

「ただの1日」を「きょうはあの獲物を獲ろう」と生きてみてはどうでしょう?

 

そして、

「ただの1日」を豊かにする努力をしてみましょうよ。