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むーばりずむ 身軽に生きる。

23歳、京都在住のさとり世代。大学卒業後、半年で会社を辞めました。3月から海外をぶらぶらしてきます。

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ノーと言わない日本人は本音で喋る23歳男子の迷惑になっている

過去記事

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ぼくはノーと言うタイプです。

なので「考えておきます」は、本当に考えてます。

考えておきます=ノーって常識?、おれ知らなかったよ・・・。

こんにちわ、ウソをつけないタイプのやっち(@movablevie1) | Twitter)です。

ノーと言えない日本人の記事を読んだので、ぼくの困ったエピソードをお話ししたいと思います。(注:ぼくは生粋の日本人です)

まずは記事を紹介します。

logmi.jp

この記事の中で「パックンさん」が指摘してました。

日本人が「ノー」と言えないことは、私はとてもややこしいことだと思っています。

でもこれで困るのは外国人ばかりじゃないんです。

やっちの「ノーと言わない日本人」のせいで困ったエピソード

ぼくはその日、あるアパートに来ていました。

そのアパートは友人のアパート。

「部屋が余ってるので住まないか?」というお誘いです。

家賃も格安にしてもらって、駅まで徒歩10分(まあまあ)。

なにより現在、実家引きこもりのぼくには嬉しい話です。

でも、少し考えました。

(ぼくはどれぐらい、京都にいるか、はまだわからない・・・)

ぼくは旅に出たくてたまらないのです。

なので、いつのまにか京都を去るかもしれない。

そう思うと、ぼくがそのアパートを占拠するのは少し申し訳ないなと思っていました。

なのでぼくはその友達にこう答えました。

 

「ちょっと考えるわ」

 

・・・するとこのアパートの話は無くなりました。

その友達はあからさまに「ノー」を受け止めたわけではありませんが、「ノー」の方向で話が進んでしまいました。

ぼくとしては、まさかまさか、だったのです。

「考えるわ」「考えとく」はノー?

日本人は大変なんですね。

正直に「考えておく」と聞いただけで、「ノー」まで連想してしまうんですね。

ただし、昔の日本はそうでもなかったようです。

その理由はこんな本が発売されているからです。

「NO(ノー)」と言える日本―新日米関係の方策(カード) (カッパ・ホームス)

これはソニー会長の盛田昭夫さんと政治家の石原慎太郎さんによって共同で執筆された本です。

出版されたのは1989年。

日本がまだバブルの頃、アメリカに対して追いつけ追い越せだったことから「日本はノーと言える強国である」と示したかった本ですね。

実際、日本は凄いし、アメリカにも欠点はあります。

でも日本の戦後はアメリカの下で育ってきた感覚が強いんじゃないかと思います。

なので、アメリカやヨーロッパ諸国に比べると主張が弱くなってしまいます。

バブルの勢いがそのまま続いていたら、今の日本も、日本人も、この本の通り「ノー」と言えたのかもしれませんね。

感想とまとめ 

日本人の多くの人に「ノー」と言えない感覚はあると思います。

それは相手のことを考える国民柄とも言い換えられるんじゃないでしょうか。

そう言い換えたとしたら、日本人はとても素晴らしい国民性だと思います。

しかし、時と場合には依ります。

はっきりと「ノー」と言えば、相手を傷つける時もあります。

しかしはっきりと「ノー」と言ってもらわないと次に進めない時もあります。

もし日本人の「ノー」と言えない国民性を素晴らしいと言い換えたいなら、

「ノーと言う時もある」ように努めないといけませんね。

最後に、

 

ぼくはノーと言う時もありますのでよろしくお願いします。

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