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むーばりずむ 身軽に生きる。

23歳、京都在住のさとり世代。大学卒業後、半年で会社を辞めました。3月から海外をぶらぶらしてきます。

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苫野一徳とリヒテルズ直子著の公教育をイチから考えよう記事レビュー

過去記事

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時代遅れ、教育の目的ってなんだろね。

社会で最低限生きていける人材を育成すること?

社会にめちゃめちゃ求められる人材を育成すること?

苫野一徳 リヒテルズ直子「公教育をイチから考えよう」

こんにちわ、身軽にブログ書いてます、教職課程は面白くないと思ったやっち(@movablevie1)です。

こんな記事を読みました。 

www.huffingtonpost.jp

色々と気になったのですが、この2つの文章が特に気になりました。

長いですが頑張って読んでください。

「産業主義社会においては、多くの企業が求める『人材』の大多数は、一部の経営層の指示に従い、『言われたことを言われた通りに効率よくこなす』ことができる労働者だったといえるでしょう。
そのため、学校教育もまた、子どもたちに『決められたことを決められた通りに勉強させる』ことが、ある意味求められていたと思います」

「しかし時代は大きく変わりました。ポスト産業主義社会(知識基盤社会)においては、大企業に限らず、企業の従業員には、
『言われたことを言われた通りにこなす』だけでなく、自ら考え、また多様な人たちと協同して課題を解決していける、そのような力が求められるようになっているのです」

これは熊本大学、教育学部准教授の苫野一徳さんが著書『公教育をイチから考えよう』のなかで仰っていることだそうです。

大学教授もこういうことを言うようになったんだーって思いました。

それで、ここに書かれていることが本当だとしたら、今の日本の教育は時代遅れと言えてしまいます。

日本の教育が時代遅れの理由

日本の教育が時代遅れの理由、それは前述のように「決められたことを決められた通りに勉強させる」教育だからです。

それについて、ぼくは「教職課程を辞めた僕が、英語塾を開きたいと思ったわけとは」でも書きました。

高校生の頃(今は23歳なので5年前)、リーディングばかりでコミュニケーションを取る機会がほとんどない授業に対して、本来の言語の目的とは外れていると思ったぼくは英語の先生に詰め寄りました。

もっとコミュニケーションをとるような授業をすべきだと思うんです。

しかし、当時の英語の先生の返答はこのようなものでした。

「こうしないと大学受験の範囲が終わらないの。
そして一年間の授業数は決まっているから、その間に
教科書を終わらせないといけないの。」

当時のぼくは「あーそういうものなんだ」と思いました。

このように決められたことを決められたようにやらないといけない、

それは生徒もそうだし、先生もそういう状況にあるのが今の日本の教育なんだと思います。

海外の教育の動きとは

例えばさきほどの苫野教授と『公教育をイチから考えよう』を共著しているリヒテルズ直子さんはオランダのイエナプラン教育に注目しています。

それは著書『オランダの個別教育はなぜ成功したのか 』にも記されています。

また近年、学力調査で世界トップクラスにきているフィンランドの教育『競争やめたら学力世界一―フィンランド教育の成功 (朝日選書) 』も話題となっています。

このどちらの国においても決められたことを決められたように行う教育では無くなってきているのです。

 

そして「決められたことを決められたようにやる」教育を受けてきた人たちがいまどうなっているのか。

企業が求めない人材になっています。

就活で内定がもらえるかどうか=教育の目的では無いと思いますが、生きていく以上企業との連携が重要なのは間違いないです。

採用メディアのJob Webの佐藤さんは「企業が求める人材とは、どんなひと?」の中で、

企業が求める人材は「自分で考えて行動できる人

と断言しています。

決められたことを決められたようにしている人が、自分で考えて行動できるんでしょうか。

教育現場と社会の企業がここまで乖離していると、もうどうしようもありませんね。

日本の教育を時代に遅らせないためには

日本の教育を遅らせないためには、そもそも教育を変える必要があります。

そのためには、まずは目的を定めることが必要だとぼくは考えています。

それは教育機関も教育を受ける側も同様です。

しかし子どもに目的(目標や夢でも可)を意識させるのは難しいです。

なので子どもには色々なことを見せてあげましょう。

子どもが興味を持った分野をぐんぐん伸ばしていく教育が良いと思います。

これは義務教育が終わったあとは特にそうです。

「英会話が必要」とか「プログラミングスキルが・・・」とかは大人のエゴだと思います。

子どもに応じた方が子どものためになります。

そして子どもも、必要だと感じたらその勉強をすると思います。

 

一方で教育機関の目的を定めるというのは、教育を通して、子どもにどうなってほしいのかです。

今の小学校、中学校、高校の教育は大学に合格するための勉強になっています。

そして大学を選ぶ基準は「就職に有利かどうか」です。

学歴社会はそういうところから始まっていると思うので、そこを是正しない限り、いまの日本は変わらないと思います。

ぼくが考える、定めるべき目的は、

「したいことをできるようになる」
ということです。

月並みかもしれませんが、これが一番良いと思うんです。

感想とまとめ

教育の時代遅れは、国力の低下につながります。

日本政府はそれでいいと思っているのかな。

政治家は自分のことで頭がいっぱいだと思いますから、80年を逃げ切ることしか考えていない気もします。

もちろん人によって違うとは思いますが、まあ政治家に聞いてみないとわからないですね。

あつくなりました、以上です。


公教育をイチから考えよう

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