むーばりずむ 24歳トリリンガルのリアルな日常

京都出身の24歳:英、仏、関西弁のトリリンガル クリエイターハウス経営者のリアルな日常

ぼくが毎年200万人訪れる超巨大モスクを二度と訪れたくないわけ

 

こんにちわ、やっちです。

みなさんはセネガルにある超巨大モスク(イスラム教の礼拝堂)をご存知ですか?

ぼくが滞在しているセネガルはイスラム教の国で、その中でも「トゥーバ」という街はムーリッド教団(ある大きな教派)の聖地として崇められている場所です。

そのトゥーバにあるのが「超巨大モスク」

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一年に一度「グラン・マッガル」という巡礼が行われ、その時にはたった1日で100万〜200万人がそこを訪れるそうです。

 

ぼくはこないだそこへ行きました。

観光をしてモスクを見て、そこには確かに迫力がありました。

でもなんだかキモチワルイと感じた、いまの気持ちのままだと2度目は行きたくありません。

 

どうしてか。

今日はそれを説明したいと思います。

 

 

 

セネガルにある街、イスラム教ムーリット教団の聖地「トゥーバ」への観光

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まずトゥーバ観光を簡単にまとめておきます。

トゥーバはセネガルの首都「ダカール」を東へ200km、車で3時間半ほど行ったところにあります。

 

 

通常の観光であれば「セットプラス」という相乗りのバンに乗って行くことになります。

交通費は片道2500CFA(500円)ぐらいと聞きました。

ぼくらの場合は知人を経由して、車とドライバーを貸し切って行きました。

 

そしてトゥーバに着くと突然(見ず知らずの)ガイドという人が現れました。

聖職者のような服装をした人で、話を聞くと街公認のガイドだそうです(観光客には必ずガイドが付くそう)。

ぼくらはその人にモスクへと案内されました。

モスクの中は土足厳禁、写真撮影は自由です。

しかし男性と女性ではルールに少し違いがあります。

 

男性は基本的にラフすぎない格好をしていればOKです。

ほかにルールはありませんので、ぼくはジーパンにパーカーで行きました。

一方で、女性は髪を隠し、顔を覆い、体型が隠れるような服装でなければなりません。

そして男性が撮影する写真にうつってはいけません。

なので、ぼくらと一緒に同乗した女性は持参した顔布をまとい、ガイドの人に着せられた布を腰にまとい、ぼくらの後ろを付いて回るという形で観光をしました。

 

ほかにもトゥーバという街自体に「喫煙禁止」「飲酒禁止」「騒音・ダンス禁止」というルールもありますが、観光であればそれほど気にならないと思います。

こういった形で観光を行い、合計で1時間30分ほどのガイドをされ、トゥーバという街を去りました。

 

モスク自体はとてもきれいで荘厳な場所だと感じました。

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実際、ぼくらをアテンドしてくれたドライバーさんはイスラム教信者で、過去に何度もここを訪れており、観光客とは別の正式な手順を踏まなければ入ることができないと仰っていました。

それくらい儀式・形式というものが重んじられており、あらゆるルールが国民に浸透していることが伺えます。

 

ただぼくはいまの気持ちのままなら二度と行きたくないと感じた。

ここからその理由を説明していきたいと思います。

 

ぼくが1日200万人訪れる超巨大礼拝堂にキモチワルイと感じた理由

 

1.突然現れるガイドとそこに払うお金に納得できない

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まずは「突然、現れるガイド」についてです。

ぼくらは車をモスクのそばにある駐車場に停め、車を降りました。

するとその場からいきなり「付いて来いっ!」でした。

まだモスクにすら入っていないというのに。

 

そしてフランス語の説明をなんとなく聞いていると、

「モスクの観光はガイドが必要だ、おれたちはそういう立場(宗教上の役職的なもの)を持っていて、これはお金をせしめたりするためのものではない。」

とのことでした。(やや不確かな部分もあります)

実際、トゥーバに行った人の話を聞いていると、そのみんなにガイドが付くようです。

また、もし違法なガイドであれば、ぼくらを連れて行ってくれたドライバーさん(セネガル人)がはねのけてくれたはずです。

彼は「セネガル人のそういう部分(お金をせしめること)は好きじゃない」と何度も言葉にしていました。

 

なので、ぼくらはそのガイドを受け入れました。

 

そして、ガイドがひとしきり終わると、そのガイドは

「ここでガイドは終わりだ。そしてここからは寄付を募ることにする。おれは1時間半、お前達をガイドした。寄付をしてくれ。」

と言い出しました。

 

ぼくは納得できませんでした。

街公認で、聖職者で、立場のある人が「寄付をしてくれ」と言うのです。

さらにぼくが気持ち悪かったのは「ガイド料金を払え」と言わないことです。

「ガイド料金、ではなく、寄付」

 

セネガルが経済的に途上国であることは認識しています。

セネガルが先進国の何分の一の所得であることは知っています。

セネガル人ガイドはありがたかったし、もし始めからガイド料金を「○○円でどうだ?」と言われればそこから交渉して納得して支払いました。

 

でも「寄付を強要させる」ことは気持ち悪いです。

結局、日本円で400円(2000CFA)を渡しましたが、少し怒っていました。

それは彼にとって少なかったんでしょう。

 

他にも

「ここで働いている女性信者が何百人もいる。その人たちにも寄付をしてくれ。おれがそのお金を集めて彼女達に渡しておく。ただおれはこのお金を受け取らない。彼女達に渡すための寄付なんだ。」

と力説されました。

それもなんだか気持ち悪いと感じましたが、結局、日本円で1000円(5000CFA)のお金を払いました。

先進国の人間の感覚なのかもしれませんし、宗教観の違いなのかもしれませんし、文化的な違いなのかもしれませんが、どうしても素直に受け入れることができませんでした。

 

2.女性が後ろを歩かざるを得ないルールに納得できない

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(注:これは説明を受ける直前の写真)

そして女性が「男性の撮る写真にうつることができないというルール」にも納得がいきませんでした。

それはつまり「女性は男性の後ろを歩かざるを得ないルール」とぼくは感じてしまいました。

これも先進国の人間の感性で、宗教観の違い、なのかもしれませんが、女性が後ろを歩かなければならないようなルールは先進国では問題になりかねないと思ってしまいます。

 

またイスラム教の中に「女性は髪、体型、顔を隠す」という慣習があることはわかっています。

しかし、写真に関して言えばSNSやオンラインニュースを見れば写真にうつっているイスラム教徒の女性はたくさんいます。

単純に写真が嫌いな人ならそれを嫌がるのかもしれませんが、そうでない人は男性/女性カメラマンを問わずに、宗教を問わずに写真にうつっている気がします。

 

さらに言えば「ぼくたちは日本人でイスラム教ではない」です。

ここで宗教を尊重するということを改めて考えさせられました。

ぼくらが行ったのは「イスラム教の聖地」です。

でもぼくらは「イスラム教徒ではない」です。

どちらが「宗教を尊重すること」に当たるのでしょうか?

 

3.街全体で観光客からお金を取ろうとしてくる感じが納得できない

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最後は「街全体の雰囲気」です。

ぼくらはモスクで2回、寄付を強要されました。

ガイドへの寄付と女性信者への寄付です。

そして帰る間際、車に乗り込もうとした瞬間に、たくさんの人が群がってきたのです。

ぼくはびっくりしました。

その人たちの中には「物乞い」もいれば「物売り」もいます。

彼女ら(女性が多かった)は物を乞いに寄って来た、物を売りに寄って来たんです。

 

もちろんぼくたち観光客が、物乞い物売りの彼女らより多くのお金を持っている可能性は高いです。

そこに群がってくることは、確かに理にかなっています。

しかし、あえて宗教のことを取り上げるなら、イスラム教のムーリット教団は労働(勤労)を奨励しています。

労働(勤労)を奨励しているのに物を乞う人がたくさんいることも納得できませんでした。

 

そしていまから出て行くというときに車に近寄ってくることもぼくはイヤだと感じました。

セネガルの他の場所(市場や観光地)では、道を歩いていれば声をたくさん掛けられますが、バスにいま乗り込む人、タクシーにいま乗り込む人を捕まえることはほとんどされません。

 

寄付の強要、物乞い、物売り・・・、街そのものが「信者の聖地」という認識もあって、街全体が観光客からお金を取ろうとしているのではないか、と感じてしまいました。 

 

まとめ モスクはきれいで聖地としては重んじられている、しかし観光客としては腑に落ちない

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トゥーバは神聖な場所のはずです。

モスクはキレイだし、形式的なことがきっちりと守られている由緒正しき場所でした。

しかし観光客としては腑に落ちない場所です。

 

ガイドが存在する以上、このモスクを観光地として活用しているのでしょう。

ただ西アフリカ最大級のモスクがあるこの地を一大観光地にしたいとするならば、

どこにも記載されていない寄付と言う曖昧なルールでお金を徴収するべきではないとぼくは思います。

さらにそのせいで街全体がそんな風に思われてしまうことも残念です。

 

「聖地」「巨大モスク」「グラン・マッガル(一年に一度の大巡礼)」これらがあればどんなことがあっても、毎年観光客がそこを訪れるのかもしれません。

しかし、ぼくのようにそれらの部分に違和感を感じたせいで二度と行きたくない、と思う人が現れるのも確かです。

それは良くないことではないでしょうか。

 

「女性が写真にうつること」については個人的な好き嫌いもあるし、宗教的な偶像崇拝禁止などのこともあるので深く踏み込めませんが、宗教について考えさせられた良い機会だったと思っています。

 

みなさんもぜひ超巨大モスクを見に、トゥーバに行ってみてください。

街そのものが信者によって創られ、教育やインフラなどはセネガル政府ではなく信者による自治統治がなされている場所です。

考えること、思うことはたくさんあるかもしれませんが、新しい気付きを得られることは間違いないと思います。