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むーばりずむ 身軽に生きる。

京都在住のゆとり、さとり世代。身軽に生きてます。1年半で会社を辞めて、半年引きこもり。いまはアフリカをぶらぶらしてます。

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「さらけ出す ”勇気” がある人」は周りを気にしている

 

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世の中にすげえ人はたくさんいると思う。

そういう人たちがよく使う言葉に

「周りの目は気にしてない」

というものがある。

 

それと同時に

「さらけ出す勇気がある」

という言葉もよく聞く。

 

でもおれはこの2つが矛盾しているように思えてしまう。

今日はこれについて話をしてみようかと思う。

 

 

周りの目を気にしてないなら勇気もクソも無い

 

なぜ「周りの目を気にしてない」と「さらけ出す勇気がある」は矛盾していると思うのか。

おれはこう考えている。

 

「周りの目を気にしてないなら、さらけ出す ”勇気” もクソも無いんじゃないの?」と。

 

勇気とは ”挑戦” するときに気張ることだと思う。

でも周りの目を気にしない人が、自分をさらけ出すことを ”挑戦” だと思うのだろうか。

 

ほんとうに周りの目を気にしてない人は、さらけ出そうとは思ってない。

強いて言うなら ”さらけ出ている” ということなんじゃないかとおれは思っている。

 

大きな成功を得るには全員が右向いたときは左を向け

 

転職代理人にフォーカスした漫画で「エンゼルバンク」というものがある。

その中で潰れかけの学校をいくつも立て直したビジネス塾の塾長は東大生にこう告げた。

 

大きな成功を得るには ”まとも” じゃないこと

分かりやすく言えば全員が右向いたときは左を向け!ということだ

 

参照:エンゼルバンク ドラゴン桜外伝

 

おれはこの「全員が右を向いたときは左を向け」という言葉が本当に的を得た例と思った。

 

『すげえ人たちは左を向いた、でもそれはただ左を向いただけじゃない。

全員が右を向いていることをわかっているうえでなんだ。』

おれはこう解釈した。

 

だからおれは「さらけ出す ”勇気” がある人」は周りを気にしていると思っている。

周りを気にしたうえで、勇気を出しているんだとおれは思っている。

 

その一方で、もともと周りの目を気にしてないという人はきっといる。

こういう人のことを天才だと思っている。

 

追記:おれは周りの目を気にする、そのうえでみんなの逆を行きたい

 

先日、記事にも書いたがおれは宮森さんの50円相談を受けた。

 

www.miyahaya.com

 

その際に、おれはこう言った。

 

ぼくはたぶんなんですけど、周りの目を気にするんですよ。

でもそのうえでみんなの逆を行きたい、そしてぼくはそれが”できる”と思っているんです

 

変な発言かもしれない。

咄嗟に出た言葉だったけど、なんだか腑に落ちた気がした。

周りの目を気にしないように、と努めていたころよりも楽になった気がした。

 

これからもみんなの逆を行くようにしたい。

 

以上。

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